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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5760号 判決

原告反訴被告 山本洋子

被告 国 ほか一名

反訴原告 八女市

訴訟代理人 成田信子 都竹秀雄 中島重幸 船津宏明 高橋郁夫 ほか二名

主文

(本訴事件について)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

(反訴事件について)

2 反訴被告は国に対して別紙物件目録第一(一)ないし(四)記載の各土地について売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

(訴訟費用について)

3 訴訟費用は、本訴・反訴を通じて、全部原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴事件について)

一  原告

1 被告国は原告に対して金四九九二万円およびこれに対する昭和四八年九月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 被告八女市は原告に対して別紙物件目録第一(一)ないし(四)記載の各土地上に存する物件を収去して同記載の各土地を明渡せ。

3 訴訟費用は被告らの負担とする。

4 仮執行宣言

二  被告ら

1 主文第1項同旨

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 担保を条件とする仮執行免脱宣言

(反訴事件について)

一  反訴原告

1 (主位的請求)

主文第2項同旨

2 (予備的請求)

反訴被告は反訴原告に対して別紙物件目録第一(一)ないし(四)記載の各土地について時効取得を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

二  反訴被告

1 反訴原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴事件について)

一  請求原因

(被告らに対する主張)

1  別紙物件目録第一(一)ないし(四)記載の各土地(以下「本件第一土地」という)ならびに同目録第二(一)ないし(七)記載の各土地(以下「本件第二土地」という)は、昭和一八年当時、いずれも斉藤七蔵が所有していたものである。

2  ところで、七蔵は昭和二六年一二月二八日死亡したので、同人の地位(権利・義務)は、後記(一)の相続(代襲相続)に因り、山本真一郎により承継され、次いで、山本真一郎は昭和四七年一月四日に死亡したので、同人の地位(権利・義務)は、後記(二)の相続に因り、原告により承継されている。即ち、

(一) 七蔵(昭和二六年一二月二八日死亡)には法定相続人として妻(斉藤ツ子ヨ)・長女(武田ヒトエ)・長男(斉藤一二)・二女(斉藤シマノ)・三女(甲斐田ヲリエ)・二男(山本厚)・三男(斉藤作間)・四男(斉藤信夫)がいたところ、

(1) 妻(ツ子ヨ)・長女(ヒトエ)・長男(一二)・三女(ヲリエ)・四男(信夫)は、相続開始当時、いずれも七蔵から既に各自の相続分を超える贈与を受けていたために、

(2) 二女(シマノ)・三男(作間)は、相続開始当時、既に死亡しており、しもか、同人らには直系卑属がないために、

(3) 二男(厚)は、相続開始当時、既に死亡していたが、同人には直系卑属として長男(山本真一郎)・長女(山本啓子)・二男(山本創二)・三男(山本三郎)がいたところ、長男(真一郎)を除く直系卑属らは、当時、いずれも七蔵から既に各自の相続分(代襲相続分)を超える贈与を受けていたために、結局、七蔵の地位(権利・義務)は同人の直系卑属(孫)である山本真一郎が単独にて代襲相続することとなつた。

(二) 真一郎(昭和四七年一月四日死亡)には法定相続人として妻(原告)・長男(山本平)・二男(山本直)がいたところ、長男(平)・二男(直)は相続開始当時いずれも真一郎から既に各自の相続分を超える贈与を受けていたために、結局、真一郎の地位(権利・義務)は同人の妻である原告が単独にて相続することとなつた。

3  とすると、本件第一土地および本件第二土地(以下併せて「本件土地」という)は、昭和二六年一二月二八日からは真一郎の、昭和四七年一月四日からは原告のそれぞれ所有に属しているものである。

(被告八女市に対する主張)

4 被告八女市は、現在、本件第一土地上に物件(元・市立岡山中学校校舎の一部)を所有して同土地を占有している。

5 されば、被告八女市は原告に対して、本件第一土地上に存する物件を収去して同土地を明渡さなければならない。

(被告国に対する主張)

6 被告国は、昭和一八年頃、本件土地の占有を取得し、爾来、同土地を占有していたところ、昭和三四年一一月二四日頃、同土地のうち本件第一土地を被告八女市へ、本件第二土地を訴外学校法人西日本短期大学(以下「訴外大学」という)へと払下げ(以下「本件払下げ」という)をなして同土地の占有をそれぞれ移転するに至つた。

7 ところで、原告もしくは七蔵および真一郎は、被告国がなした本件払下げを原因として、以下のとおりの損害を蒙つているのである。即ち、

(一)  原告は、前記3のとおり、本件土地を所有しているものであるが、同土地を現に占有している被告八女市(本件第一土地につき)および訴外大学(本件第二土地につき)から、同土地がそれぞれ同人らの所有に属すると争われ、同土地の返還を受けることができないので、実質的には、本件土地の所有権を喪失したに均しい損害(以下「本件第一損害」という)を蒙つている。

(二)  仮に、本件土地の所有権が、抗弁2主張のとおり、被告八女市(本件第一土地につき)ならびに訴外大学(本件第二土地につき)により時効取得(効果を生ずる日は被告八女市につき昭和二三年三月三〇日、訴外大学につき昭和三四年一一月二四日)されているとすれば、

本件土地の右取得時効の効果を生じた当時の所有者である七蔵(本件第一土地につき)および真一郎(本件第二土地につき)は、右取得時効に因つて、正に、同土地の所有権を喪失するという損害(以下「本件第二損害」という)を蒙つている。

8 被告国は、本件払下げに際して、同被告は本件土地を所有していないのであるから、同被告が本件払下げをすれば、同土地の所有者に対して前記損害を及ぼすことになることを認識しながら、あるいは認識しえたにも拘わらずこれを怠たり、本件払下げをした以上、同被告には故意又は過失が存したものである。

9 されば、被告国がなした本件払下げは原告もしくは七蔵および真一郎に対する不法行為に該ると云うべきであるから、同被告は

(一)  原告に対して原告が本件払下げに因り蒙つた本件第一損害を賠償すべき責任を免れないし、

(二)  仮に、本件土地の所有権が、抗弁2主張のとおり、被告八女市(本件第一土地につき)および訴外大学(本件第二土地につき)により時効取得されているとすれば、

七蔵および真一郎に対して同人らが本件払下げに因り蒙つた本件第二損害を賠償すべきところ、同人らの地位は、前記2のとおり、原告が承継しているのであるから、原告に対して本件第二損害を賠償すべき責任がある。

10 ところで、本件第一損害もしくは本件第二損害は、本件土地の時価が金四九九二万円相当であることからすれば、いずれも金四九九二万円相当となるものである。

(結語)

11 よつて、原告は

(一)  被告八女市に対して、本件第一土地の所有権に基いて、同土地上に存する物件を収去して同土地を明渡すことを求め、

(二)  被告国に対して、民法第七〇九条あるいは国家賠償法第一条第一項に基いて、前記損害金四九九二万円およびこれに対する本件払下げがなされた日の後である昭和四八年九月二日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1について(被告ら)

同事実は認める。

2 請求原因2について(被告ら)

同事実は認める。

3 請求原因3について(被告ら)

同主張は争う。

4 請求原因4について(被告八女市)

同事実は認める。

5 請求原因5について(被告八女市)

同主張は争う。

原告は、抗弁1または2主張のとおり、本件第一土地を所有していないのであるから、被告八女市には原告主張の義務は存しない。

6 請求原因6について(被告国)

同事実は認める。

但し、被告国が被告八女市へ本件第一土地を払下げたのは昭和二三年三月三〇日である。

7 請求原因7について(被告国)

(一)  同(一)の事実は否認する。

原告は、抗弁1または2主張のとおり、本件土地の所有権を取得していないのであるから、原告に同主張の本件第一損害が発生する余地はない。

(二)  同(二)の事実は否認する。

なお、本件土地の所有権の喪失は、専ら被告国によつて昭和一八年頃本件土地の自主占有が取得され、その占有が継続しているにもかかわらず、七蔵ひいては同人の承継人である真一郎がこれを放置したため、取得時効が完成したことに基づくものというべきであり、本件払下げと本件土地の所有権喪失による原告主張の本件第二損害発生との閲には、因果関係がないというべきである。

8 請求原因8について(被告国)

同事実は否認する。

9 請求原因9について(被告国)

同主張は争う。

10 請求原因10について(被告国)

同事実は否認する。

11 請求原因11について(被告ら)

争う。

三 抗弁

(被告らの抗弁)

1  売買契約の存在

(一) 被告国(当時の所管庁・逓信省)は、昭和一八年頃、福岡県八女郡岡山村亀甲(現・同県八女市大字亀甲)地域(以下「亀甲地区」という)に逓信省筑後航空機乗員養成所および附属飛行場を建設するために、同地区に含まれる本件土地について、当時、所有者であつた七蔵からこれを買い受け(以下「本件売買」という)、所有権を取得たものである。

(二) 従つて、七蔵は、本件売買により、既に本件土地の所有権を喪失していると云わなければならない。

(三) されば、原告は本件土地について所有権を有しないので、原告の被告八女市に対する本件第一土地の明渡請求は理由がなく、また、原告もしくは七蔵および真一郎には本件第一損害もしくは本件第二損害は発生していないので、原告の被告国に対する右各損害の賠償請求は理由がない。

2  取得時効の完成

仮に、本件売買がなされていないとしても、

(一) 被告八女市(当時、福岡県八女郡岡山村)は、昭和二三年 三月三〇日、被告国から本件第一土地の払下げを受け、訴外大学は、昭和三四年一一月二四日、被告国から本件第二土地の払下げを受け、それぞれ右土地の占有を取得し、爾来、いずれも所有の意思をもつて同土地の占有を継続している。

(二) 被告八女市および訴外大学は、本件払下げを受けるにあたり、被告国が本件土地の所有者であると過失なく信じていたものであるから、被告八女市については、同被告が本件第一土地の占有を開始した日から起算して一〇年後である昭和三三年三月三〇日の経過をもつて、訴外大学については、同大学が本件第二土地の占有を開始した日から起算して一〇年後である昭和四四年一一月二四日の経過をもつて、それぞれ同人らの同土地に対する取得時効(効果を生ずる日は被告八女市につき昭和二三年三月三〇日、訴外大学につき昭和三四年一一月二四日である。)が完成した。

仮に、被告八女市が右のとおり信ずるについて過失があるとすれば、

被告八女市については、同被告が本件第一土地の占有を開始した日から起算して二〇年後である昭和四三年三月三〇日の経過をもつて、同被告の同土地に対する取得時効(効果を生ずる日は同じく昭和二三年三月三〇日である)が完成した。

(三) そこで、本訴において、被告八女市および訴外大学は、昭和四九年四月八日付準備書面をもつて、それぞれ原告に対して前記取得時効を援用する旨の意思表示をなした。

(四) 従つて、七蔵は、被告八女市の取得時効の完成により、本件第一土地の所有権を喪失しているし、また、真一郎は、訴外大学の取得時効の完成により、同土地の所有権を喪失していると云わなければならない。

(五) されば、原告は本件第一土地について所有権を有しないので、原告の被告八女市に対する本件土地の明渡請求は理由がなく、また、原告には本件第一損害は発生していないので、原告の被告国に対する右損害の賠償請求は理由がない。

(被告国の抗弁)

3 消滅時効の完成

仮に、被告国が原告に対して原告主張の本件第一損害もしくは本件第二損害を賠償すべき責任を負うとしても、

(一)  原告もしくは七蔵および真一郎に、本件第一損害もしくは本件第二損害が発生した原因は、被告国が昭和一八年頃に本件土地の占有を取得したことに求められる。(本件土地の所有権の喪失と相当因果関係にあるものとして考えられるのは、本件払下げとの間にではなく、被告国が昭和一八年頃に本件土地の占有を取得したことにあるからである)。

(二)  すると、被告国が本件土地の占有を取得した日から起算して二〇年後である昭和三八年の経過をもつて、原告の被告国に対する右占有取得行為に原因する損害賠償請求債権の消滅時効が完成した。

(三)  そこで、被告国は、本件訴訟において、前記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

(四)  されば、被告国は原告に対して原告主張の本件第一損害もしくは本件第二損害を賠償すべき責任を免れる。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1について

(一)  同(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の主張は争う。

(三)  同(三)の主張は争う。

2 抗弁2について

(一)  同(一)の事実中、被告八女市および訴外大学が被告国から本件払下げを受けた点(但し、被告八女市が払下げを受けた日時を除く)ならびに同人らが現在同土地を占有している点は認め、その余の点は否認する。

被告八女市が被告国から本件払下げを受けたのは、訴外大学と同じく、昭和三四年一一月二四日である。

(二)  同(二)の事実は否認する。

被告八女市ならびに訴外大学は、本件払下げを受けるにあたり、被告国が本件土地の所有者でないと認識しえたものであるし、同人らが右払下げを受けたのはいずれも昭和三四年一一月二四日であるから、同人らの同土地に対する取得時効は完成していない。

(三)  同(三)の事実は認める

(四)  同(四)の主張は争う。

(五)  同(五)の主張は争う。

3 抗弁3について

(一)  同(一)の事実は否認する。

(二)  同(二)の事実は否認する。

被告国が本件払下げをなしたのは昭和三四年一一月二四日であるから、原告の被告国に対する右払下げを原因とする損害賠償請求債権の消滅時効は完成していない。

(三)  同(三)の事実は認める。

(四)  同(四)の主張は争う。

(反訴事件について)

一  請求原因

(主位的請求について)

1  国(当時の所管庁・逓信省)は、本訴事件の抗弁1記載のとおり、昭和一八年頃、当時の所有者であつた七蔵から本件売買によつて本件土地の所有権を取得したものである。

2  従つて、七蔵は国に対して本件土地について本件売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務を負つていた。

3  反訴被告は、本訴事件の請求原因2記載のとおり七蔵の地位(権利・義務)を承継しているが、昭和四八年七月一八日、本件第一土地のうち別紙物件目録第一(一)ないし(三)記載の各土地について所有権移転登記を、同目録第一(四)記載の土地について所有権保存登記をそれぞれなした。してみれば、反訴被告は、国に対して本件第一土地について本件売買を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務がある。

4  反訴原告(当時、福岡県八女郡岡山村)は、昭和二三年三月三〇日、国から本件土地のうち本件第一土地について払下げを受け、同土地の所有権の移転を受けた。

5  従つて、反訴原告は国に対して本件第一土地について右払下げを原因とする所有権移転登記手続を求る権利がある。

(予備的請求について)

仮に、本件売買がなされていないとしても、

6 反訴原告(当時、福岡県八女郡岡山村)は、本訴事件の抗弁2記載のとおり、昭和三三年三月三〇日もしくは昭和四四年三月三〇日の経過をもつて、本件第一土地の所有権を時効取得(その効果が生ずる日は昭和二三年三月三〇日である。)し、本件訴訟において、右取得時効を援用する旨の意思表示をなしているのである。

7 すると、本件第一土地につき前記取得時効の効果を生じた当時の所有者である七蔵は反訴原告に対して同土地について時効取得を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務を負つていた。

8 反訴被告は、本訴事件の請求原因2記載のとおり、七蔵の地位(権利・義務)を承継しているが、本件第一土地について前記3のとおり登記をなした。してみれば、反訴被告は、反訴原告に対して本件第一土地について前記時効坂得を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務がある。

(結語)

9 よつて、反訴原告は、本件第一土地について、

(一)  主位的請求として、国に対する前記5の所有権移転登記手続請求権を保全するため国に代位して、反訴被告に対して売買を原因とする所有権移転登記手続を求め、

(二)  予備的請求として、反訴被告に対して時効取得を原因とする所有権移転登記手続を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1のうち、昭和一八年頃七蔵が本件土地を所有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 請求原因2の主張は争う。

3 請求原因3のうち、反訴被告が七蔵の地位を承継して本件第一土地について登記をなしている事実は認めるが、その余の主張は争う。

4 請求原因4の事実は否認する。

5 請求原因5の主張は争う。

6 請求原因6の事実は否認する。

7 請求原因7の主張は争う。

8 請求原因8のうち、反訴被告が真一郎の地位を継承して本件第一土地について登記をなしている事実は認めるが、その余の主張は争う

9 請求原因9は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

第一本訴事件について

一  本件土地を、昭和一八年当時、七蔵が所有していた事実および同人の地位(権利・義務)を、原告主張の経過により、原告が承継している事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が前記承継により七蔵から本件土地の所有権を取得しているのか、それとも、被告国が本件売買により七蔵から同土地の所有権を取得しているのかについて検討する。

1  〈証拠省略〉によれば、

(一) 昭和一七年当時被告国は、逓信省航空局建設課をして福岡県八女郡岡山村亀甲地区に、同省筑後航空機乗員養成所および附属飛行場を建設する計画を立てたこと、

(二) そこで、右航空局建設課では、亀甲地区内に適当な建設用地(以下「本件建設用地」という)を選定して、同用地の測量ならびに右養成所および飛行場の設計を開始し、それと共に、本件建設用地内の土地を所有者らから買受けることとして、各所有者との間で買受けのための交渉(以下「本件買受交渉」という)を進めることになつたこと。

(三) そして、右航空局建設課では、間も無く、右養成所および飛行場の建設工事に着工する段階を迎えたこと、

(四) しかし、被告国は、昭和一七年一〇月頃、前示計画を変更して、陸軍省航空本部をして本件建設用地に同省太刀洗分遣隊の使用する飛行場および同隊に所属する搭乗員のための宿舎を建設する計画へ改めたこと、

(五) そこで、右航空本部では、その頃、本件建設用地の測量等を逓信省航空局建設課から引継ぎ、昭和一八年四月頃、亀甲地区内の学童や住民を動員して右飛行場の建設に必要な土木工事(主として、用地内を整地し、用地周辺に側溝を構築する等の作業)を開始し、その後、整地作業を完了して右宿舎の建設に着手し、昭和一九年頃、側溝の構築作業も終了して本件建設用地内に格納庫や滑走路を築造し、昭和二〇年三月末頃、右飛行場および宿舎の建設工事を全て終えたこと、

(六) 以来、右航空本部では、終戦(昭和二〇年八月一五日)に至るまでの間、本件建設用地内に設けられた右飛行場および宿舎を利用していたこと、をそれぞれ認めることができる。

右のように、被告国(所管庁が逓信省であつたか陸軍省であつたのか点はさておき)が、当時、本件建設用地利用計画を立て、亀甲地区内の住民等の協力を得て当該計画を実現した点や当該計画の規模・態様から鑑みれば、同被告は、本件建設用地内に含まれる全ての土地について、漏れることなく、各所有者との間で当該計画を実現するために本件買受交渉を進めていたであろうことは推認できる。

2  しかして、〈証拠省略〉によれば、本件土地は全て本件建設用地内に位置していることを認定することができる。

してみると、被告国が、本件買受交渉の一環として、本件建設用地内に含まれる本件土地についても、所有者である七蔵との間に売買交渉を進めていたことは、十分推認できるところである。

3  しかも、〈証拠省略〉によれば、

(一) 七蔵は、当時、本件建設用地内に本件土地および別紙物件目録第三(一)ないし(二)記載の各土地(以下「別件土地」という)等を所有していたこと、

(二) そして、本件土地および別件土地のうち別紙物件目録四(一)ないし(三)記載の各土地は、七蔵が大正一五年二月三日に前主である斉藤種吉の家督相続人として所有権を取得したものであるが、久しく、同土地について、七蔵は右家督相続を原因とする所有権移転登記を経由せず、同土地は前主(種吉)名義とされていたこと、

(三) しかるに、昭和一六年九月二六日、本件土地および別件土地のうち、前主名義のままとなつている前記土地について、七蔵は前記家督相続を原因とする所有権移転登記をなし、自己名義としたこと、

をそれぞれ認めることができるのである。

このように、七蔵が、本件土地および別件土地のうち前主名義となつていた土地について、家督相続を開始してから一五年余りも登記名義をそのままに放置していたのに、昭和一六年九月二六日、突如として自己名義にしたことは、当時、同人に登記名義を正確にしておく必要に迫られていたからであろうと思料されるのである。されば、そのことより、同人が被告国から本件土地および別件土地については本件買受交渉を受けたので、該土地中前主名義となつている土地についても、売買に応ずる準備として自己名義としたためであろうと、推察するのが相当である。

従つて、この点から推しても、被告国が、本件買受交渉の一環として、本件建設用地内に存する本件土地および別件土地について、所有者である七蔵との間に売買交渉をしていたことが、認定できるものである。

4  また、〈証拠省略〉によると、

(一) 七蔵は、当時、亀甲地区の区長という要職に就いていて、同地区のことを取りまとめたり、同地区の世話役的仕事をしていたこと、

(二) そこで、七蔵は、被告国が本件建設用地利用計画を実施するにあたり、同地区内の住民を動員してこれに協力したり、また、本件買受交渉についても亀甲地区内住民を代表してその手続および事務を担当したり、同住民に卒先して右交渉を取りまとめていたこと、

(三) 当時の戦局は激烈で、国民は戦争に一致して協力する態勢にあり、前記計画に反対する人は全くいない状況であつたこと、をそれぞれ認定することができる。

してみると、当時の国内事情における前記計画の意義および前記七蔵が果していた地位・役割よりすれば、同人が被告国から前示した売買交渉を受けた際、これを拒絶し、本件建設用地内に存する同人の所有地(本件土地および別件土地)を同被告に売却することを承諾しなかつたとは、到底考えられないところである。却つて、前述の計画の意義および七蔵の役割よりすれば、同人が自ら進んでこれに応じ、右所有地を同被告に売渡すことを快諾していたことは、十分推測できるところである。

5  そして、〈証拠省略〉によると、

(一) 本件土地の概んど(別紙物件目録第二(一)および(二)記載の各土地を除く)は、旧土地台帳上、昭和一八年六月一六日付で航空機乗員養成所用地成と記載されていること、

(二) そこで、被告国は、以後、七蔵から本件土地についての固定資産税等を徴収することを止めたこと、

(三) そして、七蔵自身も、以前、本件土地を茶畑・はぜ畑・山林として利用していたところ、本件建設用地利用計画が実施された頃から、一切、同土地を利用せずにいること、

をそれぞれ認定することができるのである。

前記認定事実よりすれば、右記載(土地台帳上)がなされた以前(昭和一八年頃)に、被告国と七蔵との間には、本件買受交渉が結実し、売買契約(本件売買)が成立したことが、十分に推認されるところである。

6  以上認定の諸般の事実と以上説示の考察および判断を総合すれば、被告国と七蔵との間に本件売買が成立したことを、肯認できると云わなければならない。

7  もつとも、〈証拠省略〉によると、

(一) 被告国は、終戦後、本件建設用地内の土地のうち、同被告へ所有権移転登記がなされていない別件土地およびその他の土地(以下「登記未了土地」という)について、大蔵省の所管の下に、同土地の所有者であつた者に対して、右登記を経由する作業を進めていたこと、

(二) そこで、同被告は、別件土地が登記未了土地であつたことから、七蔵に対して所有権移転登記に応ずべく求めたところ、同人の協力を得られ、昭和二四年五月一一日受付で、双方の間で昭和二〇年一一月二三日(本件売買の日でないことは明らかである。)の売買を原因として、同土地につき右登記を経由することができたこと、

(三) しかし、同被告は、本件土地も登記未了土地であつたにも拘わらず、七蔵に対して所有権移転登記に応ずべく求めていなかつたこと、

をそれぞれ認定することができる。

このように、被告国は七蔵から同人の所有していた別件土地について所有権移転登記を受けたのに、本件土地について所有権移転登記を経ていないのは、両土地が同一の計画下に使用されていたことに鑑みれば、多少の疑問は存しないわけではない。しかし、別件土地の登記のなされたのが、本件建設用地利用計画が実施されていた時期ではなく、終戦後であること等、戦時中および終戦直後の諸般の事情よりして、本件土地について登記手続面においての不備が存したであろうことは、推認できないものではない。そこで、両土地の登記面の処理が異つているからといつて、そのことのみを根拠として本件土地について本件売買がなされていないとは、云いえないのは当然である。

三  以上の次第であるから、被告国が本件売買によつて、七蔵から本件土地の所有権の移転を受け、これにより七蔵はその所有権を喪失しているので、同人の地位を承維した原告が、本件土地の所有権を取得する余地のないのは、明らかである。

四  よつて、原告の被告らに対する請求は、いずれもその前提たる七蔵の本件土地の所有権が、前述のとおり本件売買によつて、喪失されている以上、爾余の点について判断を加えるまでもなく、理由がないことが明らかというべきである。

第二反訴事件について

一  国(所管庁は逓信省であろう)が、昭和一八年頃、七蔵から本件第一土地を含む本件土地の所有権を取得した事実は、既に本訴事件について説示したところによつて、これを肯認することができる。

そして、七蔵の地位(権利・義務)を、反訴被告か承継している事実および本件第一土地について反訴被告が反訴原告主張の登記をなしている事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、反訴被告は、七蔵の承継人として、国に対して本件第一土地について本件売買を原因とする所有権移転登記手続をなす義務があることは明らかである。

二  他方、〈証拠省略〉によれば、

(一)  被告国は、昭和二三年三月三〇日、福岡県八女郡岡山村に対して本件土地のうち本件第一土地を払下げ所有権を譲渡したこと、

(二)  ところが、岡山村は、昭和二九年四月一日、筑後市と八女市(反訴原告)とに一部ずつ吸収合併されることになつたので、同村の所有財産の一部(本件第一土地も含まれる)については、同日をもつて、両市により地方自治法第二八四条の規定に則つて設立された一部事務組合が所有権を譲受けていたところ、昭和三一年三月三一日、右組合が解散したことに伴い、八女市(反訴原告)が所有権を譲受けるに至つたこと、

をそれぞれ認定することができる。

従つて、反訴原告(元・福岡県八女郡岡山村)は国に対して本件土地のうち本件第一土地について前示払下げを原因とする所有権移転登記手続を求めうるものである。

三  されば、反訴原告が、同原告の国に対して有する本件第一土地についての所有権移転登記手続請求権を保全するために国に代位して、反訴被告に対して本件土地のうち右土地について所有権移転登記手続を求める請求は理由があると云わなければならない。

第三むすび

以上の第次であるから、原告の被告らに対する本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、反訴原告の反訴被告に対する反訴請求の主位的請求は理由があるのでこれを認容することとし、本訴および反訴の各訴訟費用の負担についてはそれぞれ民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志 山崎末記 滝澤孝臣)

別紙物件目録〈省略〉

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